銭湯ガイドマイスター 優秀論文 マラソンTOSHI


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そもそも銭湯の起こりは、寺院において身を清める行為「禊」である。その後、一般庶民を寺院に呼び「施浴」を行った。入浴の楽しさを知った庶民が金銭を支払ってでも寺院に通うようになった。

市中においても、金銭の代わりに入浴させる場所が生まれ、これが銭湯の始まりである。しかし、最初の頃の銭湯は蒸し風呂であった。

現在のように、湯に浸かるスタイルに変わったのは江戸時代である。

それまで京の都、天下の台所、大阪とは別に、田舎であった江戸に幕府を置き、一大都市の建設を行った徳川家康。全国から数多くの大工、職人が集まり盛興した。毎日、毎日汗を流して仕事する者たちが銭湯を求めたことは当然の成りゆきだった。

その頃の日本は、武士を中心とした強大な軍事国家であり、武士を頂点として厳しい身分制度があった。ただ銭湯においては誰もが素裸になるため、身分など無関係。つまり、銭湯は単に身体の汚れをきれいにするための場所ではなく、身分を越え人々が交流する場所だったのである。ある者は湯船で歌い、周りの者はそれを黙って聞いていた。また、二階には休憩所もあり、飲食するなど、男たちの交流の場ともなった。

その当時の江戸は、人口180万人を超え、世界一の過密都市であった。狭い場所に大勢の人々が暮らすために、守るべきマナーが生まれた。キーワードは「お互いさま」である。常に自分以外の誰かのことを気遣い、思いやる心が育まれたのである。それは銭湯においても同様で、現在まで脈々と続いている。

つまり銭湯は、次世代に相手を思いやる心を育てる場所でもあるのだ。ただ最近は銭湯を経験しない、または、銭湯のマナーを教わらない世代が子どもの親となっている時代である。是非とも多くの人に銭湯の良さを味わってほしいものである。

さて、日本では古来より「裸のつき合い」という言葉がある。衣服を全て脱ぎ、素裸で心と心を通わせるという意味である。恥ずかしがらずに入浴を楽しんでほしい。

銭湯の中にはマイナスイオンが満ちあふれ、薬湯などのアロマ効果も含め、とてもリラックス、リフレッシュできる。周りの人への気遣いと言っても大変なことはない。体を洗ってから湯船に入る。立ったままお湯をかけない。しぶきを立てずに湯船に入る。体をよくふいてから脱衣所に戻るなど、いくつかの基本をマスターすれば良い。そうすれば、他のお客さん方ともすぐに打ち解け、江戸の粋や日本の文化にたっぷり触れることができるであろう。

日本の銭湯に興味を持った外国の方々に一つのコースプランを提案したい。

まずは皇居一周をジョギング(ウォーキング)。日本を代表する施設、建物を紹介する。有楽町からは晴海通りをとおり、東京マラソンのコースに沿い佃大橋へ。佃大橋を渡ればそこは月島。ここまでは10㎞弱。ウォーキングでは3時間もあれば十分。その後、月島の銭湯に入り、月島名物のもんじゃ屋へ。

海外の方々には、一つに焼いたもんじゃ焼きを、皆で一緒に分け合って食べるのが苦手かもしれない。でも、共にジョギングし、裸のつき合いの〆は、やはりもんじゃ焼きがふさわしい。

また、銭湯の素晴らしさを体験するなら運動は欠かせない。程よい距離のジョギング(ウォーキング)の後の銭湯、食事。是非とも外国の方々に味わっていただきたいものである。

このプランの良い点は、もう一つある。それは、いくつものバリエーションが考えられることである。

上野からかっぱ橋をとおり雷門、浅草寺を見てからの銭湯、食事。スカイツリーを見た後、両国まで走り、入浴、食事。渋谷から原宿、明治公園を走り、表参道で入浴、食事など無限に考えられる。

最後に、私は現在小学校教師をやっているが、移動教室での子ども達の入浴態度には毎年驚かされる。洗わずに湯船に飛び込む子。タオルを持たずに洗い場に入る子など。

子ども達だけでなく、保護者も共に入浴体験をさせたいと切に願っている。各学校の近所の銭湯の協力の下、「浴育」を実施したい。足立区のように行政のバックアップにも期待したい。全ての子どもが思いやりの心を持てるように。


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